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仁科旗金具製作所の成り立ち

創業者「仁科源三郎」
創業者「仁科源三郎」
昭和5年 当時の様子

 初代、仁科源三郎が滋賀県草津市より京都に移り、七宝生地師として8年間を師事し、期間を満了した時、世相は日本の内政に大きな変革時期を迎えており、これまでの産業に不況が押し寄せておりました。当時は軍事産業が繁栄期を謳歌し、それに関連した産業が台頭するようになりました。
 そのような当時、源三郎の弟、仁科為五郎は印染業を営み、旗や寺社幕の仕事を多く手掛けており、金属加工の経験がある兄源三郎に旗金具製品を製作することを進めました。旗の分野では未経験ではありましたが少しずつ製品を増やし、昭和初期には専門業者として事業展開を行うに至りました。
 戦後、源三郎の長男源治郎が兵役より帰還し、後継者として事業を継承しました。その頃から戦後の復興により景気に明るさが次第に見えるようになり、旗業界もそれに伴い、旗金具にもその影響で次第に活況を帯びるようになって参りました。
 そして昭和40年代に保雄が三代目を継承し、手作業のみで行っていた作業に機械加工を導入し、株式会社と法人化いたしました。
 それ以後には四代目雅晴が更にコンピューターを導入し、電子化した作業による他品種にも門戸を次第に広げ、現在も更なる開発に取り組んでおります。

沿革

平成22年(2010)  4代目「仁科雅晴」家業を継承。
昭和56年(1981)  株式会社仁科旗金具製作所として法人となる。
昭和41年(1966)  3代目「仁科保雄」家業を継承。
昭和25年(1950)  2代目「仁科源治郎」家業を継承。
昭和5年(1930)  旗金具の専門職となる。
明治42年(1909)  錺(かざり)職人として独立。
明治34年(1901) 初代「仁科源三郎」12才にて滋賀県草津より上京。
七宝生地師に弟子入り。
 
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